仕事でもプライベートでも、他人との“落とし所”を探った経験は、誰にでもあるのではないだろうか。
自分以外の誰かがいれば、必ず2つ以上の意見や考えが生まれる。仮に2人の意見が一致したとしても、そこには2つ分の意見が存在することになる。
社会とは、人間がお互いに関わり合いながら生きる集団のことである。社会人ともなれば、必ず自分以外の誰かと関わらなければならない。そこには必ず、関わる人数の数だけ意見が存在する。そして多くの場合、それらの意見は異なっており、時には対立することもある。
今回は、人と人との意見が食い違い、対立した場合のうまい“落とし所”の見つけ方についてさえずっていこうと思う。
なぜ落とし所を見つけなければならないのか
「落とし所」とは、複数の関係者の間で意見や利害が対立する場合に、双方が納得できる妥協点や解決策を見つけることである。
社会人である私たちは、それぞれの立場で社会に関わっている。私たちの中には企業に所属して働く人もいれば、自ら事業を立ち上げる人もいる。そしてその役割は私のようにIT企業でデータ活用システムを構築する人、飲食店で料理を提供する人、市役所で行政サービスを提供する人など、千差万別である。
社会において、それぞれの役割を持った人が業務を行う場合、意見の食い違いは様々な要因によって当然起こり得る。例えば以下のような要因で食い違いが生じる。
このように、意見の食い違いは、立場、経験、価値観、目標など様々な要因によって生じる。
人はそれぞれ異なる価値観や欲求を持っており、利害が一致しない状況は日常的に起こり得る。特に、毎日顔を合わせる家族や職場の人々との間では、利害のズレが生じやすいものだ。
なぜなら私たちは皆、自分にとっての「良いこと」を求めているからであり、それが常に他者にとっての「良いこと」だとは限らないからである。
これらの状況は、決して特別なことではない。むしろ、利害が異なる他人と共同社会で生きる以上、自然なことと言える。しかし、もし人と人との意見の衝突が深刻化し、関係がこじれてしまうと、物事が円滑に進まなくなる事態に陥ってしまう。そこで重要となるのが、「落とし所」を見つけることである。
落とし所と期待値の関係性
落とし所について議論する上で、期待値の理解は不可欠である。
ビジネスシーンでは「期待値」という言葉が落とし所とセットで使われることが少なくない。期待値は元来、確率論の用語であり、その意味は「ある事象が起こる確率と、その事象が起こった場合に得られる利益や損失を掛け合わせたものの合計値」である。ビジネスシーンではこの言葉が多用され「相手が特定の事柄に対して抱く期待や希望のレベル」を指して使われる。
ビジネスにおいて、相手の期待値を適切に把握し、それを満たすことは重要である。しかし、常に相手の期待値を100%満たせるとは限らない。そのような場合に、落とし所を見つけることで関係者の不満を最小限に抑えつつ、合意形成を図ることができる。
他者と合意形成を図るには基本的な手順があり、その際、期待値と落とし所の関係性は以下のようになります。
- 期待値の把握
- 相手がどのような期待を持っているのかを正確に把握するため、相手とのコミュニケーションを通じて明確にしていく。
- 期待値のコントロール
- 相手の期待値を適切なレベルにコントロールする。期待値が高すぎると、結果が伴わなかった場合に相手は失望し、不満を抱く可能性がある。
- 一方、期待値が低すぎると、相手は満足しない可能性がある。
- 落とし所の模索
- 相手の期待値を満たせない場合や、利害が対立する場合には、双方が合意できる落とし所を模索する必要がある。
- 落とし所は、期待値を調整したり代替案を提示したりする中で見つけ出すことができる。
- 合意形成
- 落とし所が見つかったら、双方で合意形成を行う。この際、お互いの立場や事情を理解し、尊重することが重要である。
人間の期待値は数値化できない
相手の期待値を測り、落とし所を見つけ、合意形成を図ることは日常において至る所に存在するが、ここで非常に難しい難題に突き当たる。人間の期待値は数値化できないということである。(※厳密にいうと数値化するためのテクニックはあるが日常コミュニケーションでは利用できない)
確率論における期待値の数値化は非常に簡単である。元来の期待値はまさしく「値」だからだ。しかし、ビジネスシーンにおける期待値は人間の主観に基づく値であり、相手の過去の経験、価値観、置かれている状況などによって大きく左右される。さらに、相手の状況の変化によっても期待値は変化する。昨日相手が持っていた期待値が今日には変わっていることもあるのだ。
ビジネスシーンでは、相手の期待値を数値で正確に把握することはできず、多くの場合、限られた情報から期待値を推測し、交渉によって落とし所を探る必要がある。その際、多くの人は落とし所を相手と自分の期待値の中間点、つまり50/50のバランスに設定しようとするのではないだろうか。
数値化できない期待値に対して50/50で合意形成を図るかどうかを問うのはやや分かりにくい話ではあるが、ここでは感覚的な理解で問題ない。相手の期待値を100、こちらの期待値を100としたとき、その中間点を目指すイメージである。
以下に、落とし所を50/50にする例をいくつか示す。
上記のように、落とし所を50/50にすることは、多くの人にとって公平で納得感のある結果に感じられるだろう。しかし、ビジネスシーンにおいて50/50のバランスは必ずしもすべてのケースに当てはまるわけではない。
落とし所は60/40(相手/自分)くらいでちょうどいい

ビジネスシーンにおける落とし所は60/40(相手/自分)くらいでちょうどいい。
私はこれまで幾度となく取引先や上司に交渉や提案をしてきた。その際に心がけていたのが『落とし所は60/40(相手/自分)くらいでちょうどいい』という考え方である。それは言い換えると、相手の要求を最大限に尊重し、こちらの要求は控えめにするというものである。結果として、多くの場合に交渉はスムーズに進み、双方にとって納得のいく形で合意形成に至ることができた。
このように、私はビジネスシーンにおいて、相手に花を持たせることを重要視している。特に、相手の立場が自分と同等以上の場合には有効な手段だ。取引先、上司や先輩、プロジェクトリーダーなど、この考え方で落とし所を見据えると、おおむねうまくいく。もちろん、後輩や部下に対してもこの考え方は効果を発揮する。
相手に花を持たせることには、様々なメリットがある。
- 良好な関係性の構築
- 常に相手の利益を優先することで、相手からの信頼を得やすくなる。
- 交渉の円滑化
- 相手が「この人は常に私のことを考えてくれる」と感じるようになると、交渉がスムーズに進みやすくなる。
- 協力体制の強化
- 相手に花を持たせることで、相手は「自分も何か恩返しをしなければ」と感じるようになり、協力体制が強化される。
しかし常に60/40だと「自分が損をしているのではないか」と感じる方もいるかもしれない。確かに、短期的に見ると、相手にばかり利益を与えているように見える。しかし、社会において落とし所を見据えた合意形成は何度も訪れる。仕事で常に関わる相手であれば、その相手との合意形成の場は数多く存在する。そして重要なのは、落とし所を見据えて合意形成に臨むのは自分だけではなく、相手もまた同様に考えているということだ。
前述したように、ビジネスシーンにおける期待値は人間の主観に基づくものであり、相手の過去の経験、価値観、置かれている状況などによって大きく左右される。このため、常に60/40(相手/自分)のバランスで落とし所を見据えた期待値コントロールをしていれば、相手の主観や過去の経験、置かれている状況は徐々に塗り替えられていくということだ。
例えば、私が次の交渉で「今回はこちらの要求を少し通してほしい」とお願いした場合、相手は過去の経緯から「あの人はいつも私のことを優先してくれるから、今回くらいは協力してあげよう」と考えてくれるかもしれない。
これは分かりやすく言い換えると「貸しを作る」行為に近い。相手からすると、私(自分)が合意形成を求める際には、常に相手自身が有利な状況に落ち着くことになる。これは一回の合意形成では感じ取れないプラス要素だが、長く続けることでより大きな利益を得られる可能性が高まるのだ。
まとめ
この記事では、ビジネスにおける落とし所の考え方についてさえずってみた。
私はビジネスにおける落とし所は常に60/40のバランスが良いと考えているが、ビジネスシーンにおける落とし所の決め方には様々な考え方がある。初期段階の交渉や、対等な関係性の場合には、50/50のバランスが有効な場合もある。
自分にとっての譲れないラインや、長期的な目標などを明確にしておくことも重要だが、もっと大事なのは、状況に応じて最適な落とし所を見つけることだ。そのためには、相手の期待値を正確に把握し、相手とのコミュニケーションを密にすることが重要となる。